「磁性材料・磁気工学・磁気計測の開発研究を支援します」(Tohoku-TMIT)

磁性材料・磁気工学入門

 

© 2019 Yutaka Shimada

4. 強磁性体

4-1. 強磁性体とは

 これまであいまいに使っていた「磁性体」(磁気モーメントの集合体)は、実際の材料としては、強磁性体を想定しています。ここでは、強磁性体について、基礎的な知識を書いておきます。

 図2-2や図2-3にある磁気モーメントは、磁性体中に孤立している時には、熱振動によって方向が定まらず、強い磁界中でのみ方向が安定する状態になります。集合体であっても、お互いに静磁気的な結合だけで繋がっている状態では同じことが起こり、磁界が強くなるに伴って熱振動が抑えられて、磁化が徐々に増えていきます。これを常磁性(パラ磁性)体といいます。

 常磁性体の磁化曲線は、熱エネルギー( kT )と磁気エネルギー( mH ) が拮抗している時に磁界中で磁気エネルギーが増えていくと、熱振動に勝って m が揃うようになり、I が見え始める過程を表しています(参考文献4−1)。常磁性体は、工学的な応用例はほとんどないので、深く勉強する必要はありませんが、強磁性体が熱振動に負ける温度(キュリー温度)以上で起きる現象であるので、理解しておく必要があります。、

  強磁性体では、隣り合う磁気モーメントの間に互いに平行になろうとする磁気的結合があります。この結合は、静磁気的結合よりも遥かに強く、熱振動に耐えることができます。この結合を最も簡単に取り扱うモデルが、Weissの分子磁界です。Weissの分子磁界モデルでは、この磁気的結合による実効磁界 HwI に比例するとして Hw = wI と仮定し、外部磁界 He に替えて、He + wI を実効磁界とすることで、磁気モーメント間に強い結合のある集合体、すなわち強磁性体の I の温度変化をうまく説明しています。

 

  図4-1は、強磁性体の Ni の Is の温度変化の例です。温度が上がると、磁気エネルギー(磁気モーメント間の結合エネルギー)が、熱エネルギーによる擾乱に負けて平行状態を乱し、Is が低下して行く過程を表しています。

図4-1

 さて、この磁気的結合(Weissの分子磁界)とは何を意味しているのか、ですが、図4-2(a)にあるような、磁気モーメントを担う電子の軌道の重なり(交換し合う)で説明され、交換相互作用とよばれています。この交換相互作用の基本的なモデルであるHeizenbergの水素原子モデルでは、水素のような原子核と一個の軌道電子からなる二個の原子が近づいたときの軌道の重なりを計算し、電子スピン間に非常に強い結合(交換結合)ができることを証明しました(参考文献4-2)。この理論は、交換結合の存在を証明し、Weissの分子磁の根源が実在することを支持しましたが、実際の材料は遥かに複雑な電子構造です。

 また、Fe、Ni、Coのような遷移金属の化合物の一部、また、レアメタルの磁性については、

図4-2(a)のような直接の交換結合でなく、それぞれ s-d exchange、s-f exchange と呼ばれる交換結合の機構があることが理論的に証明されています(RKKY理論)。これは図4-2(b)のように、伝導電子(外殻軌道にある s 電子、渡り歩く電子という意味で遍歴電子ともいう)の一部のスピンが原子の電子軌道と交換結合し、隣りの原子との交換結合を媒介するものです。また、遷移金属では、そのスピン磁気モーメントを担う 3d 電子群が、原子から原子へ渡り歩く電気伝導帯にあるので 3d 電子自体が遍歴電子にもなるので、バンド構造モデルの方が、金属中の磁気モーメントを記述しやすくなります(バンド構造と磁性の関係については、「第9章 スピントロニクスについて」を参照))。

図4-2

 いずれにしても、ここで強調したいことは、強磁性体は、原子間に非常に強い磁気的結合があり、磁気モーメントを平行に保つ力は、室温よりもはるかに高い温度の熱擾乱にも耐えられます。たとえば、Feのキュリー温度(Tc)は790℃なので、その温度の熱擾乱のエネルギーkTc が分子磁界のエネルギー wI2/2に等しいとすると、Hw = 1.7x109A/m となります(詳しい計算は参考文献4-3)

 実験室で作れる磁界は,普通の電磁石で 1.6 x 106A/m (= 2 Tesla)、超電導磁石で 8 x106A/m(=10Tesla)位だから、交換結合の実効磁界(分子磁界Hw)が如何に強いものかがわかります。 この強い交換結合によって、室温でも磁気モーメントがほぼ平行に揃っている材料が強磁性体です。

 

 強磁性体以外に磁気モーメントを外部から観測できる材料には、常磁性体、フェライト(フェリ磁性体)、反強磁性体、その他沢山ありますが、ここでは説明を省略します。通常の参考書、あるいはWeb site(雑科学ノートClasses of Magnetic Materials など)を見てください。

 

 強磁性体の中で、このキュリー温度が室温よりもずっと高く、飽和磁化Is も大きいものが磁気工学で役立つ素材です。強磁性材料は、遷移金属( Fe、Co、Ni )を素材として、数多くの結晶性合金、グラニュラー構造(ナノ微粒子の集合体)、アモルファス相(金属ガラス構造)などがあります。以下には、強磁性体の代表的素材(遷移金属単体)の磁気的性質を書いておきます。

Fe

Is = 2.2 Tesla、 Tc:約790℃

 

 高い飽和磁化があり、実用範囲が広い。最も高い Is は、Co-Fe 合金の2.4 Tesla。さらに高いものとして、Fe19N2のtetragonal結晶では、2.9Teslaになりますが、不安定な相なので、その存在自体が論争になったりして、未だ完全には認知されていません。

Ni

Is = 0.6 Tesla、 (Feに比べると、不対電子軌道(第2章)の数が少ない)、Tc:360℃

 

 Fe、Coに比べて良いところが無しですが、相変態がなく、磁性が安定。化学的、機械的にも安定なので、磁気計測の標準試料にも使われます。強磁性体よりも安定な被覆材としてニッケルメッキでよく知られていますが、強磁性体であることを忘れて Ni メッキした部品を使い、設計に失敗することがあります。 Fe との合金(Ni80at%)は、代表的な軟磁性材料(パーマイ合金)として広く使われています。

Co

Is = 1.8 Tesla,

 

 Tc は1120℃で、非常に高い。ということは、図4-2(b)の交換結合が非常に強いということです。次の章で出てくる誘導磁気異方性は、磁界中熱処理によって磁性原子を意図的に配列させると出てくる異方性ですが、Co が入ると強くなる、Co の原子間の結合が強いからです。室温では六方晶であるが、450℃に変態点があり、それ以上では立方晶になります。薄膜では、両方混じることが多くなるが、六方晶と立方晶では結晶磁気異方性が大きく異なるので注意。磁気異方性については以下を読んでください。

4-2. 磁気異方性

 まずはクイズですが、図4-3にある磁化曲線A、Bは同じ材料を測ったものです。どんな場合を測ったものでしょうか?

答1:リング状素子(第3章の磁気コア)のギャップが無い時Aと有る時Bを比較したもの。

答2:試料の長さが測る方向で異なる。

答3:一軸磁気異方性を持つ試料の容易軸Aと困難軸B。

この答えは全部正解です。この三つを全部答えられたら、この章は読み飛ばしてもいいくらいです。

 

 前章までを真面目に読んだ方は、答1,2は反磁界が原因、とすぐにわかると思います。すなわち形状磁気異方性です。答3は、これから説明する一軸磁気異方性によるもので、特に薄膜では実験室で普通に見られる磁化曲線です。つまり、反磁界が理解できたら、次は、磁気異方性です。代表的なものは4種類ありますが、これがピンとくるようになったら、専門家へのステップⅡをクリアしたことになります。

  • 形状磁気異方性
  • 結晶磁気異方性
  • 磁気歪み効果(磁気弾性効果)
  • 誘導磁気異方性

 それぞれ説明しますが、この内、結晶磁気異方性は材料の磁気物性を決める主役の一つです。しかし、これを教科書通りに真っ当に取り組むと果てしない長さになり、筆者がとても及ばない立派な教科書も沢山あるので(参考文献4-4)、今後磁気工学の基礎知識になりそうな事項だけを簡略に説明します。

形状磁気異方性

 3章でしつこく説明した Nd ですが、反磁界の弱い方向が磁化しやすい方向(磁化曲線が立つ。透磁率が高い)になるので、最も反磁界の弱い方向を磁化の「容易軸(easy axis, e.a.)」、強い方向を「困難軸(hard axis、h.a)」といいます。また、薄膜の垂直方向(z方向)は「困難軸(hard axis)」ですが、膜面の x-y 面はどの方向も容易軸ですから「容易面(easy plane)」といいます。x、y、z の3方向の反磁界係数 Ndx、Ndy、Ndz の関係は、Ndx + Ndy + Ndz = 1 です。薄膜の x-y 面の反磁界係数は Ndx = Ndy = 0、膜面垂直方向(z方向)では Ndz = 1 となり、例えば、z方向に飽和する(磁化を揃える)ためには、Hext = Ndz × Is= Is より強い外部磁界が必要になります。純鉄の薄膜では、垂直方向に飽和させるためには、2.2Tesla 以上の磁界が必要です。

 

 円筒形や針金状のものは、長さ方向(z方向)が容易軸、太さ方向(x-y面)は困難面(hard plane)です。その例が図4-4にあります。z方向では Ndz = 0、x-y 方向では Ndx = Ndy = 1/2 です。純鉄の針金では、太さ方向に飽和させるには Hext = ( 1/2 )× Is = 1.1 Tesla の磁界が必要です。また、形状磁気異方性の無い(反磁界係数が全方向で同じ)形状は球です。これは、(3-13)で説明しましたが、古くは、物性データとして磁化曲線を精度良く測定するのに、試料を球形に加工し、反磁界係数 Nd = 1/3 を使って図3-4の修正をしていました。

結晶磁気異方性

 結晶磁気異方性の強さは、異方性の持つ磁気エネルギーのから実効的な磁界を導出し、結晶磁気異方性磁界Hk として、外部磁界と同等に扱えるようにしています。Hk については(参考文献4-5)が、いろいろな結晶構造の Hk の式を導出しています。これに各材料の結晶磁気異方性のデータを使えば Hk がわかります。結晶磁気異方性の根源を論じると、またまた難しい話になりますが、要するに、以下のことを理解しておけばいいと思います。電子軌道による角運動量L は、結晶構造の対称性(格子位置にある原子による電界分布の対称性)によってその安定な方向が影響を受けるので、磁気モーメントも結晶格子軸に沿って容易方向、困難方向が決まる、ということです。遷移金属の強磁性体では結晶構造(立方晶)の対称性によって、L がほぼゼロになる、と以前に書きましたが(2-1)、結晶磁気異方性は、僅かに残っている L が対称性の影響を受けて、これに結合している(L-S coupling といいます)スピン磁気モーメントも、結晶軸に沿った容易軸、困難軸を持つ、これが結晶磁気異方性です。

 

代表的な強磁性遷移金属の結晶磁気異方性の要点を以下に書きます。

Fe

体心立方構造で、容易軸は[100]方向、困難軸は[111]。結晶磁気異方性そのものはあまり大きくない。K1(磁気異方性定数)= 4.2 x 104J/m3 でゼロとは言えないので、高透磁率材料とは言いにくいが比較的磁化しやすく飽和磁化( Is )が大きいので、電磁石の鉄心、大雑把な磁気シールドなどにも利用されます。図4-5は、Fe単結晶の磁化曲線(参考文献4-4)で単位がemuになってます。[100]は容易軸、[111]は困難軸、[110]はその中間です。

図4-5

(b)

(a)

Ni

面心立方構造で、容易軸は[111]、困難軸は[100]。この場合、磁気異方性定数は負になり、K1  = -5.1 x 103 J/ m3 で、Fe とあまり変わらない大きさであるが、Is が小さいので Fe よりも透磁率が低く、実際のところ、純 Ni は磁性材料として大量に利用されるような場面はない。しかし、Fe と Ni の結晶磁気異方性の容易軸、困難軸がお互いに打ち消すような方向になっていることが、代表的な高透磁率合金(パーマロイ)ができる原因になっています。パーマロイについては、また後で。

図4-6は、Ni 単結晶の磁化曲線です(参考文献4-4)

図4-6

(a)

(b)

Co

室温で安定な六方晶で、比較的強い一軸磁気異方性を持つ。Ku = 5.3 x 105 J/m3

純 Co ではあまり利用されないが、合金では永久磁石から軟磁性材料まで様々な機能材料がある。図4-7は、Co 単結晶(六方晶)の磁化曲線です(参考文献4-4)

ただし、前に触れたように、450℃以上では体心立方になり、結晶磁気異方性はFeと同程度になります。

図4-7(b)の[1000]方向の磁化曲線は、Co(六方晶)の一軸磁気異方性の異方性磁界 Hk の強さを表しています。

図4-7

(a)

(b)

 以上から、純粋な遷移金属( Fe、Co、Ni )では、磁化曲線が非常に飽和しにくい結晶軸(困難軸)があり、多結晶状態にしても高い透磁率は見込めません。また、永久磁石としても中途半端です。しかし、遷移金属は強磁性材料の出発点で、これを合金化し、また金属相の微細構造を工夫することで、磁気異方性と磁歪定数を低くして高い透磁率、逆に磁気異方性を高くして磁石特性を実現しています。

 

 ところで、図4-7の[1000]方向の磁化曲線は、Co(六方晶)の一軸磁気異方性の異方性磁界Hk の強さを表しています。一軸磁気異方性は、薄膜では極く普通に現れるので、ここで一軸磁気異方性について磁化曲線、異方性磁界、透磁率との関係を説明しておきます。図4-8は、一軸磁気異方性を持つ材料の Is の磁化回転とと外部磁界 He の関係です。水平軸は一軸磁気異方性の容易軸(easy axis、e.a.)、縦軸は困難軸(hard axis、h.a.)です。

図4-8

 一軸磁気異方性は、磁化 Is が容易軸にあると磁気エネルギーが最低、つまりその方向に向きたがる、ということで、以下のような磁気異方性定数 Ku を使って磁気異方性エネルギーを表現します。

θ は、容易軸と磁化 Is との間の角度で、θ=0、 πが容易軸方向です。外部磁界 He による磁気エネルギーは、

つまり、IsHe の方向に向くと磁気エネルギーが下がるが、異方性エネルギーは上がるということです。

全自由エネルギーE は、(4-1)と(4-2)の和で、Is が角度 ψ で安定になる条件は、

He//h.a.( He が困難軸方向)の時は、

さらに、ψ = π/2 ( Is//He ) になると、

この Hk は、図4-3の困難軸方向の磁化曲線の飽和点の磁界になり、異方性磁界といいます。 Hk は磁気異方性エネルギーKu を実効的な磁界に置き換えたもので、立方晶、六方晶などの磁気異方性も各結晶軸方向の異方性磁界で置き換えることができます(参考文献4-5)

Hk は、外部磁界と同等に扱えるので、Is の運動方程式に組み入れる時に便利です。困難軸方向の透磁率 μha は、磁化曲線の傾きそのもので、

また、He //e.a. で、Is と反対方向にある時は、理論的には He = Hk の時に Is が180°の反転をすることになりますが(参考文献4-6)、実際はそうではなくて、もっと弱い磁界で磁壁移動が起こって反転します。図4-9の Hc は、この磁壁の移動のし易さで決まり、後に出てくるアモルファス材料は、地磁気(約40A/m)よりも小さい Hc を持つものもあります。

 

 hexagonal Coの場合は、(4-5)を使って、Hk = 2 x 5.3 x 105/1.8 = 5.8 X 105 A/m →7.4 KOe で、図4-7(b)の[1000]方向の飽和磁界 Hs と一致します。つまり、困難軸方向では、Hs = Hk ということです。

磁気歪み効果

 材料に力学的な歪み(ヤング率を通して内部応力になる)があると、それが磁気異方性となって現れることがあります。何か特異な現象のように聞こえますが、実は、磁性材料があるかぎり、どこかに歪みはあるので、常にこの影響を考慮しておかなければ性能劣化の原因になり得るという厄介な現象です。簡単に言うと、例えば材料が引っ張られた場合、結晶格子点にある磁性原子の間隔がわずかにその方向に伸びる。すると電子軌道の重なりが、その方向では違ってくるので、磁気モーメントがその方向に向きたがるか、反発して90°方向に向きたがるか…なのです。これを磁歪現象と呼んでいます。磁気物理では整然とした理論が出来ています。例えば、(参考文献4-7)をあたって欲しいですが、ちょっと面倒です。実際の材料では、以下のことを理解して、直感的に扱っても一応の対策は立てられると思います。

図4-9

 磁歪による磁気異方性の強さと歪みの大きさを結びつけるために、磁歪定数が定義されています。図4-9は、磁歪定数の直感的な理解のために作った図です。図4-9の左側は消磁状態で、局所的には交換結合で磁気モーメントは並んでいますが(磁区といいます)、巨視的にはいろんな方向を向いてます(磁歪定数は、強磁性体の磁化の内部構造が現在ほどクリアになっていない時代に定義されていますので、磁気モーメントがどんな状態でバラバラになっているか、明確な定義はないようです。実際は、あとで説明する「磁区」に分かれている)。磁歪定数は、この消磁状態を基準に定義されています。つまり、完全な消磁状態の寸法を l0 として、図面の右側の飽和状態で外部に現れた伸び(縮み)Δl  から、磁歪定数を

 とします。//は、伸び(縮み)の測定方向と磁界の方向(飽和磁化の方向)が同じであることを示しています。λs に s がついているのは、強い磁界の中で全て磁気モーメントが並んでいる状態(saturted、飽和状態)の λ(飽和磁歪)という意味です。

図4-10

もう一つのΔl/ l0(飽和状態)を定義して置く必要があります。それは、図4-10の下段のように、伸び(縮み)の測定方向と、飽和磁化の方向が 90° になっている場合です。図の上段は、図4-9と同じですが、下段では磁界の方向が 90° の方向になり、飽和磁化の方向も 90° です。

 

  この時、測定方向が図4-9と同じであれば、測定される伸び(縮み)は、

となります。つまり、測定方向に対して磁化が消磁状態から 90° の方向に向くと、λs が正であれば縮んで見えるのです。(なぜこうなるか、は(参考文献4-7)にあります。)

 

なお、(4-7)と(4-8)の λs は、同じものです。

 

 磁歪定数を決める最も簡単な方法は、材料を磁界中に置き、材料の伸び縮みと磁界の関係を測定することです。しかし、図4-9の左図のような完全な消磁状態を実験的に実現するのは意外に難しく、実際には、図4-10の両方の測定を行い、以下の関係から λs を得ます。

 この方法で、バルク材料、薄膜材料の磁歪定数が測定できます(参考文献4-8)。磁性材料の磁歪定数は、およそ+5000~-5000ppmの間にありますが、軟磁性材料(高透磁率材料)では、組成をいじって、±1ppm以下に追い込んで使うことが多い。それくらい軟磁性と磁歪(磁気弾性効果)は相性が悪いわけです。唯一の例外は、Fe系アモルファス材料(磁歪定数が大きくても軟磁性)ですが、いずれ何処かの機会に出てくると思います。

 

次は、磁歪定数がわかったら、どのように使えばいいか、を説明します。

 

 まず、立方晶の結晶軸に沿った磁歪定数 λ100、λ111 は、代表的な材料ではわかっていて、それらを使って磁界中の材料のあらゆる方向の伸び縮みが計算できます。このときの材料とは単結晶ですが、多結晶(小さい単結晶の集合体)については、等方的な磁歪定数が以下のように導出されています。

 磁性材料の多くは立方晶で多結晶ですから、磁歪定数 λ100、λ111 がわかっていれば、(4-10)の磁歪定数の大小、正負がわかり、普通に使われる多結晶材料の機械加工の方法、熱処理が必要かどうか、の判断材料になります。つまり、ある磁性材料から部品を試作したら、どうも期待した性能が出ない、といったときには、機械加工の歪みが十分に取れているか、途中でカタンとぶつけたり落としたりしてないか、実装段階で押し込んだり重ねたり、またがっちりモールドしてないか、もチェックする必要があります。この話は、ナノクリスタル材料(結晶サイズが非常に小さくて、巨視的には均一に見える)、アモルファス材料(もっと小さくて、ミクロ的にも結晶がない、金属ガラスとも言われる)では、多結晶の極限状態ですから、 λ100、λ111 の意味がなくなり、(4-9)を使ったλs の測定結果だけで十分になります。

 

 材料に入る歪みは、多くの場合は比較的大きなスケールで押したり引っ張ったりと、一軸的(ある方向に均一)になりますので、以下の式から、磁気弾性効果による磁気異方の強さを推し量ることができます(参考文献4-9)

σは、一軸的な歪による内部応力(N/m2)です。

 

 この Ku は、(4-1)の Ku と全く同じに、一軸磁気異方性として取り扱えます。しかし、実際の磁気素子の製作過程では、生じる歪みの強さと分布を量的に把握するのは至難なことで、緻密な予測は無理です。しかし、歪みの方向と磁歪定数の正負から、歪みによって生じてしまう一軸磁気異方性の方向を推定することはできます。

 

 図4-11は、磁気弾性効果による磁気異方性の容易軸方向の例です。(4-11)をみればわかることですが、磁歪定数λ の正負によって、同じ歪みでも異方性の方向が異なってきます。

 

 図4-11(a)は、磁歪定数が正の値の時(λ>0)、歪みが引っ張り(σ>0)になると、磁気弾性効果による容易軸は、引っ張り方向になり、λ>0で歪みが圧縮(σ<0)になると、圧縮方向に 90° 方向が容易軸になります。(b)では、λ<0になると、引っ張り(σ>0) に対して、90°方向が容易軸、圧縮(σ<0)になると、圧縮方向が容易軸になります。

図4-10

(a)

(b)

 以上のように、磁気弾性効果はなかなか面倒ですが、歪みの影響を無くするには、磁歪定数がほぼゼロ( λs が 1PPM 以下)の材料を使えばいいわけです。そんなものがあるのか、というと、ほぼそれを満たす材料が実はいくつかあり、具体例はあとで説明する予定です。ここでは名前だけ挙げておきます。なお材料組成を調整して λs をゼロ(およそ 0.1PPM 以下)に追い込むには相当な努力が必要で、現実的ではありません。

 

 以下も、λs が十分に小さく(およそ 1PPM 以下)、機械的歪みに鈍感な材料です。しかし完璧ではなく、上に書いた磁気弾性効果を無視すると痛い目に合う、という感覚で使ってください。

パーマロイ(Ni-Fe、Ni 80at%付近)

センダスト(Fe-Si-Al)

アモルファス材料(Co-Zr-(Nb,Ta)、Co-Fe-B など)

ナノクリスタル材料(一部)

 逆に、磁歪定数の大きい材料は、磁歪を生かした特別な用途(歪みセンサー、磁歪駆動素子)がありますが、通常は、磁歪定数をチェックして、大きいようなら、できるだけ使わない、が一番です。高透磁率材料の製品カタログを見ると、このあたりがあいまいで、透磁率、飽和磁化のデータが美しく並んでいる事があるので、うっかり磁歪を忘れて回路に組み込んで頭を抱える、という類の失敗談を聞いております。十分にご注意を。

誘導磁気異方性

 誘導磁気異方性は、磁界中熱処理で発生する、非常に弱い一軸磁気異方性です。他の強い磁気異方性が無い時、つまり軟磁性材料、とくに薄膜材料では、組成を動かさずに人工的に強さと方向が制御できる、という点で非常に重要な使われ方をします。(4-1)~(4-6)が、その取扱い方を示しています。代表的な軟磁性薄膜であるパーマロイ(Ni81Fe19),およびCo系アモルファス(Co85Nb6Zr9位の組成)では、結晶磁気異方性はゼロで、誘導磁気異方性の Hk  の最大値は、はそれぞれ 240A/m、1220A/m になり、この Hk による磁気共鳴周波数(図2-2参照)は、490MHz、1.2GHzです。この Hk の強さと方向を磁界中熱処理で制御することによって、透磁率の高さと磁気共鳴周波数、またその方向を決めて、素子を設計することができます。現在、軟磁性薄膜の応用は、GHz帯でも研究が始まっているので、さらに高い Hk が必要になる課題もあります。このサイトでは別の章で誘導磁気異方性の制御法、Hk と透磁率、磁気共鳴の関係を説明するつもりです。

4-3. 軟磁性材料と硬質磁性材料

 軟磁性材料と硬質磁性材料の違いは、上記の磁気異方性の大きさです。このHPの主題の軟磁性材料は、結晶磁気異方性と磁歪定数はほぼゼロ、磁化方向を決める要因は、誘導磁気異方性、形状磁気異方性、および外部磁界です。つまり、形状磁気異方性が小さい形状では、外部磁界が磁性体の磁化を制御できることになります。一方、硬質磁性材料は、永久磁石やハードディスクの薄膜が代表的ですが、非常に強い結晶磁気異方性を持っていて、誘導、形状、磁気弾性などには鈍感で、とにかくその磁化構造が動かないことが大事で、軟磁性材料とは真逆の特性が要求されます。

 

図4-12は、軟磁性と硬質磁性の結晶磁気異方性、磁歪の相異を示したものです。硬質磁性では、磁歪は無関係としていますが、結晶磁気異方性があまりに大きいために、磁歪の効果は気にしないでよくなります。ただし、磁歪も大きいので、機械的駆動力に利用する応用もあり、このときには、磁歪定数を大きく、結晶磁気異方性は小さく、が開発対象です。現状は、巨大な磁歪定数、小さい結晶磁気異方性の共存する材料開発は、あまり成功していないので、「磁歪アクチュエーター」はあまり普及していないようです。

図4-12

ついでに、図4-13 に実用されている代表的な磁性材料を挙げておきます。

図4-13

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